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東京高等裁判所 昭和24年(新を)608号 判決 1950年3月04日

控訴人 被告人 吉城康省

弁護人 松永東 外一名

検察官 渡辺要関与

主文

本判決中有罪の部分を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審未決勾留日数中三十日を右本刊に算入する。

昭和二十四年三月十八日附起訴状の追公訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人松永東、同小山胖共同作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判決する。

論旨第一点について。

刑事訴訟法第二百五十六条に起訴状には公訴事実を記載すべきこと、公訴事実は訴因を明示してこれを為すべきこと、訴因を明示するには目的、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれを為すべきことが命ぜられてある。その趣旨は特定した訴因を明示する意味であつて訴因が特定していなければ何が起訴せられたか、訴訟の物体が判明せず、また被告人において再訴の抗弁をしてよいかどうか判らないからである。従つて訴因の特定ということは絶体であつて、これが特定していない起訴は無効であり後日補正追完によつて有効となるべき性質のものでない。同法第三百十二条には訴因の変更が許されているがこれは訴因の特定していることを前提とし特定した訴因を変更するということであつて不特定な訴因を補充完追してその特定を許す趣旨ではない。しかうして以上の事は各訴因毎に要求せられるのであるから数個の訴因を一括記載しその間の区別が判明しないような場合には仮令右一括せる数個の訴因とこれ以外の犯罪事実との間には混淆の虞れのない場合でも、右数個に記載された事実が法律上一罪を構成する場合は格別そうでない場合は右数個の各訴因はそれ自体特定しておるということができないのである。このことは判決に示すべき犯罪事実についても同一である。さて昭和二十四年三月十八日附の追起訴状の記載を見るとその公訴事実として「被告人は昭和二十三年十二月二十八日頃及び昭和二十四年一月七日頃の二回に亘り東京都中央区築地一丁目八番地野村貿易株式会社倉庫に於て同会社所有の小型自動車タイヤ四本バルーンタイヤ七本(合計時価三万六千円相当)を窃取したものである」と記載されていること論旨指摘の通りである。しかうして右公訴事実の十二月二十八日の窃盜と一月七日の窃盜とは連続犯の規定が削除された今日では一罪を構成しないから右起訴状には二個の窃盜の訴因が含まれていると解するのが相当であるが、右十二月二十八日の窃盜の目的物が何であるかその数量が幾何であるか、従つて一月七日の窃盜の目的物、数量が何であるかも全く不明であるから各訴因は特定していないというべきである。素より訴因の特定ということは全体としての訴因の特定のことで訴因を特定させる因子ともいうべき日時、場所、方法、目的物等の個々の特定をいうのでないからその各因子の或るものに不特定の部分があつても他の因子と相待つて訴因全体として特定して他の訴因と区別できる程度に、その同一性を認識させれば足るのであつてこのことは当裁判所(刑事十二部)の判例の示すところであるが(昭和二四年(を)新第九六六号同年十一月十五日判決)本件起訴は右判例の場合と異なつて十二月二十八日及び一月七日の窃盜の目的物が小型自動車タイヤ四本バルーンタイヤ七本のうちの何ものかであることが判るだけで右各窃盜の目的物は特定していない。しかも犯罪の日時も単に年月日だけを記載してあつて時間の点迄記載してないから仮りに右十二月二十八日の午前十時頃判示場所で被告人が小型自動車タイヤ二本の窃取したという起訴が既にあつたとすると本件十二月二十八日の起訴は右十二月二十八日の午前中の起訴と同一であるかどうか区別できないのである。かようなわけであるから本件起訴状記載の訴因は不特定な訴因というべきである。以上の理由によつて右公訴は不適法で無効なものと認める。これを有効なものとして受理した原判決はこの点において破棄せらるべきものである。

論旨第二点は右の公訴事実に関するもので右の点で原判決を破棄する以上これに対する判断は不必要であるから省略する。しかうして本件は自判するに適すると認めるから刑事訴訟法第三百七十八条第二号第三百九十七条第四百条但書に従つて自判する。原判決が証拠によつて認定した事実から前記の如く起訴の不適法によつて公訴を棄却すべき部分を除けば、

被告人は昭和十八年九月二十二日東京区裁判所で窃盜罪により懲役二年五年間執行猶予、昭和十九年四月二十八日郡山区裁判所で窃盜罪により懲役一年の各判決の言渡を受け右執行猶予の言渡は取消され前記各刑の執行を受けて昭和二十二年五月四日出所したものであるが、金銭に窮した結果、

(一)昭和二十四年一月二十二日頃東京都北区田端町四百三十二番地三龍荘アパート内秦三郎方から同人所有の女物御召袷二枚外衣類四点を、

(二)同年二月二日栃木県芳賀郡真岡町台町二千四百七十六番地吉田京方から同人所有の現金千二百円黒羅紗二重まわし、黒ラクダ女コート各一枚八型クローム腕時計一個をそれぞれ窃取したものである。

法律に照すと被告人の判示各所為は刑法第二百三十五条に該当し前科があるから同法第五十六条第五十七条によつて各刑につき累犯の加重を為し以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により同法第十四条の制限に従つて犯情の重い判示(一)の罪の刑に法定の加重をなしその刑期範囲内で被告人を懲役一年二月に処し同法第二十一条によつて原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入すべきものとする。

昭和二十四年三月十八日附起訴状による公訴の提起は前記説明の如く無効であるから刑事訴訟法第三百三十八条 四号によつてその公訴を棄却すべきものとする。よつて主文の如く判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

控訴趣意書

第一点原審判決の理由で認定した被告人の犯罪事実は、(一)昭和二十三年十二月二十八日頃東京都中央区築地一丁目八番地野村貿易株式会社の倉庫から同会社所有の小型自動車タイヤ二本を、(二)昭和二十四年一月七日頃右会社倉庫から同会社所有の小型自動車タイヤ二本バルーンタイヤ七本を、(三)同年同月二十六日頃東京都北区田端町四百三十二番地三龍荘アパート内秦三郎方から同人所有の女物御召袷二枚外衣類四点を、(四)同年二月二日栃木県芳賀郡真岡町台町二千四百七十六番地吉田京方から同人所有の現金千二百円、黒羅紗まはし、黒ラクダ女コート各一枚八型クローム腕時計一個を、それぞれ窃取したものである。との窃盗の事実である。が右(一)から(四)までの犯罪事実について適法の審判の請求があつたかどうかについて精査すると昭和二十四年二月十八日附の東京地方検察庁検察官検事泉川賢治名義の起訴状の公訴事実として右原判決認定の(三)、(四)の窃盜の事実と原判決で無罪となつた詐欺事実との記載があるが前記検察官は同年三月十八日更に被告人に対し窃盜の追起訴状に公訴事実として「被告人は昭和二十三年十二月二十八日頃及び昭和二十四年一月七日頃の二回に亘り東京都中央区築地一丁目八番地野村貿易株式会社倉庫に於て同会社所有の小型自動車タイヤ四本、バルーンタイヤ七本(合計時価三万六千円相当)を窃取したのである」(記録十四丁)と記載してあつて記録を検するも其の後右公訴事実については何等の訂正がないのである。刑事訴訟法第二百五十六条第一項は公訴の提起は起訴状の提出によつてなすべきことを同条第二項は其の記載事項を同条第三項は公訴事実の記載方法を各規定してあつて、同条の命じた諸点の一が欠けても公訴の提起は其の効力を発生しない。即ち公訴事実は訴因を明示してこれを記載し訴因を明示するにはできる限り、日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならないのである。前記追起訴状記載の事実は前記の通りであつて刑事訴訟法第二百五十六条第三項の要求する公訴事実の記載としては不充分であつて適法な公訴の提起があつたと言う事は出来ないのに原審判決は前記の通り被告人に対し四回の窃盜事実について判決をしたものであるから本件は審判の請求を受けない事実について判決をしたことになると確信する。(その他の論旨は省略する。)

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